『表象のディスクール』全6巻


東京大学出版会刊|各巻3200円
第1巻 『表象——構造と出来事』|2000年2月刊
松浦寿輝「第1巻のためのプロレゴメナ」
小林康夫「フーコーのマネ論——無の眼差しと盲目の眼差し」
高橋哲哉「エウリュディケーの声——『ショアー』と性的差異の痕跡」
東 浩紀「想像界と動物的通路—形式化のデリダ的諸問題」
伊東 乾 「反転する襞(pli)——ブーレーズの彼方に」
杉橋陽一「カテコーンについて——タウベス,シュミット的護教論を排す」
河合祥一郎「デカルトからオカルトへ——シェイクスピアのヘルメス的表象」
田中 純 「ギリシア幻想の身体——ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンと古代の模倣」
高辻知義「『ニーベルングの指環』——神話の成立と成立の神話」
岩佐鉄男「『音を楽しむ』ということ——オブジェからプロセスへ」
竹森佳史「四季絵の身体—日本的絵画の思想——序説」
渡邊守章「表象の舞台・舞台の表象」
第2巻 『テクスト——危機の言説』|2000年3月刊
小林康夫「第2巻のためのプロレゴメナ」
阿部良雄「表象の遅延装置としてのテクスト 」
桑野 隆「ロートマン的テクスト論の射程 」
竹内孝宏「レオナルドの教え——アンドレ・ブルトンの3つのテクストにおける描写と投影の問題」
沼野充義「あなたは花や葉に満ちた枝のように……——ユーリイ・オレーシャの比喩と人生」
中村健之介「ドストエフスキーの『気分体』人間」
番場 俊「文学的行為——ドストエフスキー『貧しき人々』をめぐって」
赤塚若樹「世界に羽ばたく鸚鵡たち——フィクションのある小道具について」
根本美作子「『豊饒の海』——あるいは型に嵌められた現実」
山田広昭「固着と転位——志賀直哉というテクスト」
高田康成「暴君の教訓」
高橋宗五「振舞と模倣——『叙事演劇』とその演技論に寄せて」
一條麻美子「物語る人びと——中世ヨーロッパの文芸受容について」
第3巻 『身体——皮膚の修辞学』|2000年10月刊
小林康夫「第3巻のためのプロレゴメナ」
石光泰夫「ヒステリー的身体の夢——身体論のゆくえ」
香川 檀 「アレゴリー的身体——人形装置と『聖なる憂い』」
松本由起子「堕落した身体のマゾヒズム」
小林康夫「身体なき眼差しと世界の『肉』——体外離脱のバラ現象学」
浦 雅春「ことば化される身体——スタニスラフスキーとスターリン文化」
大久保譲 「足と手のモダニズム——『チャタレイ夫人の恋人』論」
長木誠司「オペラ——声——女性——《ルル》を見るための試論」
田中祐理子「免疫的生態と『身体』の接触」
平芳裕子「抵抗する衣服、あるいは未熟な身体——コム・デ・ギャルソンのセクシュアリティ」
内野 儀「『日本的なもの』を脱構築する——現代日本演劇におけるローカリティとハイブリディティ」
恵子・クルディ「ダムタイプ——S / N:シグナルとしての身体/ノイズへの礼賛」
パトリック・ドゥ・ヴォス「失われた体を求めて——芝居見物の考古学序説」
松岡心平「風の世阿弥」
第4巻 『イメージ——不可視なるものの強度』|2000年4月刊
松浦寿輝「第4巻のためのプロレゴメナ」
蓮實重彦「成瀬巳喜男 または二重の署名」
港 千尋「伝神絵」
刈間文俊「映像の負荷と可能性——陳凱歌論」
常石史子「盲者の視線」
鈴木啓二「ミメシスと想像力」
三浦 篤 「近代のイメージとイメージの近代——マネの『鉄道』をめぐって」
崔 京国「『見立て』美学の構造—山東京伝の場合」
今橋理子「葛飾北斎『西瓜図』の謎—伝説と蔬果図のあいだ」
松浦寿夫「盲目論——分離的差異化の記号について」
松岡新一郎「記号と徴候——精神分析の美術史への適用をめぐる覚書き」
瀧本雅志「ドゥルーズと写真の論理学——対象Pをめぐる倒錯と実践」
榑沼範久「自滅するヴィジョン——プラトー、ラカン、『ピーピング・トム』」
松浦寿輝「ゼノンからアルベルティーヌへ」
第5巻 『メディア——表象のポリティクス』|2000年7月刊
松浦寿輝「第5巻のためのプロレゴメナ」
石光泰夫「メディアと神経症」
大澤真幸「At Interface Value——メディア体験と殺人衝動」
桂 英史「情報学とメディア論——『メディア論講義』序説」
佐藤良明「ヒット曲の文化ダイナミクス ——ロック時代の日米3連符歌謡」
高山 宏「歩く、見る、書く——フィジオノミ−というメソッドについて」
建畠 晢「ホワイト・キューブの神話」
飛嶋隆信「凍りついた飛躍——マリオ・シローニとファシズムの礎」
劉 文兵「上海の映画表象」
木下千花「万華鏡と航空写真——バスビー・バークレーとモダニティ」
吉見俊哉「テレビを読む——カルチュラル・スタディーズからの接近」
森田祐三「代表と責任——『脚本家』の誕生」
李 孝徳「空虚な時間・国民国家の時間——日本の近代化とメディアとしての〈時間〉」
松浦寿輝「国体論」
第6巻 『創造——創造から/創造へ』|2000年10月刊
小林康夫「第6巻のためのプロレゴメナ」
伊東豊雄「Blurring Architecture——伊東豊雄『せんだいメディアテーク』」
槻橋 修「シティー・オブ・ツーリズム——『21世紀・京都の未来』都市ビジョン・コンペティション1997年」
小林康夫「終わりなき脱構築——川俣正『東京プロジェクト1998』」
カトリーヌ・グルー「風景の出来事・世界の聴取——鈴木昭夫『オトダテ・プロジェクト』」
藤井慎太郎「サーカスの創造論——ジョアン・ル・ギエルム『シルク・イシ』」
森山直人「変容する『現場』——川村毅『ハムレットクローン』」
高橋幸世「ヤン・ファーブルの実験室——ヤン・ファーブル『グローイング・アイコンズ』」
渡邊敦彦「舞台における光の表象——ジャン・カルマンの仕事」
伊東 乾「M・デュシャンとJ・ケージによる能オペラ——伊東 乾『邯鄲 Quand Tempsハ』」
宮岡秀行「ソクーロフ『Flowers of Hitler』——『モレク神』撮影日記より」
デーヴィド・ブレア「ぼくの映画づくり——デーヴィド・ブレア『失われた部族たち』」
白井雅人「インタラクティヴィティの創造論——ジャン=ルイ・ボワシエ『Flora petrinsularis』」
住友文彦「身体の贈与——リクリット・ティラヴァニア《無題 1996》」
江戸京子・船山信子「音楽祭の作り方——〈東京の夏〉音楽祭」
長谷川祐子「見えない価値をヴィジュアライズする——『金沢市現代美術館』」