[修士論文題目一覧(2000年以降)]


2009(平成21)年度
江口 正登ジョン・ジェスラン研究――メディアの時代の演劇作家
大谷 昌之正しいイマージュと単なるイマージュ:ジガ・ヴェルトフ集団におけるジャン=リュック・ゴダール
岡本 佳子《青ひげ公の城》論――戯曲と音楽のドラマツルギーにおける差異について
杉戸 勇気ビロード革命と境界イメージ――チェコの80-90年代の想像力についての構造分析
高城 梨理世現代モードにおける「前衛性」の歴史的考察――女性の身体の「解放」をめぐって
藤堂 寛子インプロヴィゼーション、システム、偶発性――ウィリアム・フォーサイスの解答
水野 永遠“composer”としてのマース・カニンガム――作品構造の変遷をたどる
宮川 麻理子大野一雄における女装の意義とその変遷――『ラ・アルヘンチーナ頌』に到る軌跡
村野 周平小川紳介における時間の表象
森川 智成ジュディス・バトラーにおける「他者への倫理」――パフォーマティビティとメランコリーの理論を通じて

2008(平成20)年度
飯田 賢穂「良心」と政治制度:『社会契約論』第4編第8章「市民宗教論」解釈
岩崎 真美ラスキンにおける「ターナー的ピクチャレスク」
大池 惣太郎体験と偶然:ジョルジュ・バタイユの『無神学大全』における「好運」の概念について
紀 智偉中国映画における歌と舞踊のモダニティ:1930年代から1970年代の上海映画と香港映画
小島 英里子日本の美術政策における公共性
指田 菜穂子20世紀中国文人像のあり方:黄苗子・丁聡・黄永玉、“二流堂”の群像
白井 史人沈黙と旋律:武満徹の映画の〈音楽〉
中山 大輔コンテンポラリ:ダンスは文化政策とどのような関係を築くことができるか
1980-2000年代のフランスにおけるダンス政策の展開
堀切 克洋残酷とユーモア:アントナン・アルトー『演劇とその分身』を再読する
増淵 悠フランティシェク・クプカ研究
横山 由季子受肉された絵画:ピエール・ボナールの身体感覚
渡部 宏樹『バッファロー・ビルのワイルド・ウエスト』を経験する:世紀転換期アメリカにおける野外パフォーマンスの観客
鹿貫 裕高日本の近代児童文学における子ども像

2007(平成19)年度
明知 隼二眼差しとしての原爆映画:一九五〇年代を中心として
荒川 徹セザンヌ、1902-06年:絵画的出来事
岸本 佳子サミュエル・ベケットと視聴覚メディア:後期戯曲における身体の変容
北村 紗衣悲劇的に女であること:『アントニーとクレオパトラ』におけるクレオパトラ像
近藤 枝里子ダン・フレヴィン論:インスタレーションの観点から
佐藤 亜矢イヴ・クライン論:非物質の芸術
茅野 大樹回帰することのない過去の反照:テオドール・W・アドルノにおける幼年期と記憶の想起
吉野 万里雄性のユートピアを求めて:テネシー・ウィリアムズにおける「自然」と「革命」
吉久 達也村山知義を読み直す:意識的構成主義と身体

2006(平成18)年度
李 英載帝国日本の朝鮮映画:植民地末の「半島」、協力の心情・制度・論理
金子 美環ゲルハルト・リヒター論:《1977年10月18日》を中心に
斎藤 山人自己を与える:ジャン=ジャック・ルソーにおける作品の概念について
實川 絢子ニジンスキー振付「牧神の午後」と舞踊譜
角井 誠ジャン・ルノワール研究:演劇性の2局面
土居 伸彰ユーリー・ノルシュテイン『話の話』論:コマ撮りアニメーションの生成と更新
野田 吉郎戦後日本美術史のなかの南画廊
萩原 直人〈水〉の噴出:フランシス・ベーコンのイメージと生
桧垣 暁子浮動するイマージュ:レイモン・サヴィニャック《掲示禁止》
星野 太崇高と資本主義:ジャン=フランソワ・リオタールにおける美学と政治の交錯
和田 真生境界を見る:南北の仕掛け

2005(平成17)年度
小田 透エマ・ゴールドマンと世紀転換期の文化ネットワーク:アナキストになること
井上 俊宏近代日本の精神医学と法:監禁する医療の歴史と未来
中井 悠沈黙の媒介/媒介の沈黙:ジョン・ケージにおける作品の作動方式
赤木 夏子民国京劇成立史:梅蘭芳の改革
河村 彩「ファクト」としての写真:ソヴィエトにおける絵画のモダニズムと写真をめぐって
田原 文子ナイル溯航:ナイルの水源を巡る言説と古代ギリシャ、エジプト両文化の関わりについて
山田 兼太郎世界を肯定する二つの倫理:ジョン・カサヴェテスによる‘戦後映画’
趙 慶『源氏物語』を素材とした能の分析:「夕顔」・「朝顔」・「半蔀」を中心に
鄭 玹汀中上健次論:〈語り物〉の「路地」

2004(平成16)年度
三浦 哲哉ロベール・ブレッソン論:「断片化」の三局面
市橋 藍子アンドレイ・プラトーノフ『チェヴェングール』における共同体の問題について
久保田 翠近藤譲の音楽における「一音」の布置:器楽アンサンブル作品を中心に
橋本 悟応答と待機:アンドレ・ブルトンにおけるシュルレアリスムの論争と実践
末廣 眞由美長崎「平和公園」の生成史:慰霊・復興・平和思想についての一考察
間部 賢ミシェル・ビュトール『イリュストラシオン』論:感覚的なものの経験から装置としての書物へ
井戸 美里「月次風俗図屏風」の制作と享受に関する一考察
内丸 公平マッシンジャーの演劇技法:倫理的自己の創造
大場 伊都子活人画:その歴史にみる表象形態の諸問題
小倉 史川島雄三論:背景・方法・主題
柿並 良佑特異性と神的なもの:ジャン=リュック・ナンシーの思想をめぐって
坂口 さやかルドルフ二世の帝国理念表象:プラハ宮廷サークルにおける芸術作品分析を通じて
本田 晃子建築家の眼差し:イワン・レオニドフのオルタナティヴ・プロジェクトをめぐる考察
山本 久美子立方体の六つの面:アッバス・キアロスタミ論

2003(平成15)年度
大久保 歩発生と系譜学:ニーチェとパウル・レー
大久保 清朗1930年代後期における成瀬巳喜男の映画とその受容
小澤 京子18世紀ヴェネツィアの都市表象:カナレットのヴェドゥータが内包する都市観の変貌
嚴 允柱まなざしのパラドックス:十八世紀後半江戸時代の浮絵・秋田蘭画・解剖図を中心に
嵯峨 絋美クルツィオ・マラパルテの作品における「破壊されたもの」をめぐって
菅原 伸也ジャン=リュック・ゴダールと歴史記述:「映画史プロジェクト」以降の作品を中心に
千葉 雅也ジル・ドゥルーズと「哲学的動物」:愚かさ、節約、生成変化
三河 隆之ウラジミール・ジャンケレヴィッチにおける不可避なる悪の意識と赦し

2002(平成14)年度
石崎 智子「関係性」という旋律:フレデリック・ワイズマンの作品をめぐって
大野 はな恵20世紀西洋の前衛的な声楽作品の音声生理学的・音響音声学的研究
大橋 完太郎ドニ・ディドロにおける怪物論
清水 英夫カルロ・ブラジスの舞踊論とその歴史的位置づけ:パとジェスチャーの技術を中心に
鉠 賢暻80年代韓国映画における女性再現様式:宗教・労働・性を中心に
土田 環虚構の再配置:ロベルト・ロッセリーニとアンドレ・バザンによるリアリズム
田 永峯戦後歌謡曲における「清」と「濁」:戦後昭和の二〇年間、日本流行歌のイメージの上品さと低俗さについて
宮崎 寛子日本の「芸術文化支援」における企業メセナ:行政・企業・NPO・市民・ビジネス
村田 悟イメージの旅・テキストの旅:藤原新也の戦略的表現
米田 尚輝詩と閾:ステファヌ・マラルメの初期詩篇における構想と展開
イリナ・リストヴァ中世芸能の場と観客:勧進興行の形成と展開について