表象文化論小史 1996-1986

[専攻創設の時代]
1996 2 分科の非常勤講師であった渡辺保氏の最終講義(「歌右衛門の芸」)。
1 パフォーマンス「耳のための映像」。
1995 12 シンポジウム「セクシュアリティの表象」。
11 次年度4月に総合文化研究科に超域文化科学専攻が設立されることに伴い、入試説明会が行われる。
10 杉橋陽一教授が専攻主任に。
4 (第6期生)修士課程入学者は7名、博士課程は8名。
2 表象文化論専攻におけるはじめての博士論文審査会が開かれる(崔京国)。
1994 10 シンポジウム「<見ること>の考古学」。
8 森安達也教授逝去(8.15)。
4 (第5期生)修士課程入学者は9名、博士課程は6名。高辻知義教授が専攻主任に、岩佐鉄男教授が分科主任になる。
1993 4 (第4期生)修士課程入学者は7名、博士課程は5名。森安達也先生が専攻主任となる。また、高橋幸世初代助手着任。
3 渡邊守章教授の最終講義(「テクストの劇場」)。阿部良雄教授も退官。
2 (蓮實重彦教授教養学部学部長に就任)
1992 4 博士課程を新設(この時点での講座教官は、渡邊守章、蓮實重彦、森安達也、阿部良雄、高辻知義、小林康夫、杉橋陽一、滝浪幸次郎、岩佐鉄男、沼野充義、刈間文俊の11名)。(第3期生)修士課程入学者は7名。博士課程には7名が入進学(うち留学生が4名)。高辻知義教授が分科主任となる。
3 最初の修士(学術)の学位授与(4名)。
3 高橋康也教授最終講義(「狂気と演劇──『テンペスト』をめぐって」)。
1991 11 東大シンポジウム「ミシェル・フーコーの世紀」を開催(11.2〜11.4)。
4 表象文化論研究室を発信地とする雑誌『ルプレザンタシオン』(筑摩書房)創刊(以後93年まで計5号を刊行)。
4 (第2期生)修士課程入学者は7名。表象文化論専攻にはじめて外国人研究生2名入学。
3 表象文化論分科で授業を担当してくださった神品芳夫教授の最終授業。
2 (渡邊守章教授教養学部評議員に就任)
1990 5 (第1期生)修士課程入学者は10名(内3名は留学生)。
4 大学院総合文化研究科に表象文化論専攻修士課程を新設(初代主任は渡邊守章教授)。(発足時の講座教官は、渡邊守章、高橋康也、阿部良雄、佐藤純一、蓮實重彦、小林康夫、岩佐鉄男、杉橋陽一、刈間文俊、沼野充義)
4 表象文化論分科正式発足(第1期生は、学士入学1名を加えて6名)。
[分科時代]
1990 2 表象文化論分科の授業を担当してくださった滝田文彦氏の最終講義。
1989 3 表象文化論分科第1期卒業生を送り出す。
2 分科設立以来、非常勤講師を勤められた平野健次氏の最終授業。同じく非常勤の山口勝弘氏も退官。
1988 6 シンポジウム「文化における表象と欲望」。
4〜6 「表象オペラ劇場」はじまる(以後89年まで計12回のオペラ講義を行う)。
1987 11 教官・学生によるブレイン・ストーミング。
5〜6 4回連続の表象文化論連続シンポジウムを開催。
4 表象文化論分科正式発足(第1期生は、学士入学1名を加えて6名)。
[前史]
1986 11 表象文化論幕開け講演「能と狂言──現代の地平」(小山弘志元教養学部長)。
10 表象文化論分科に内定生5名を迎える。
4 学部後期課程である教養学科第一(総合文化)に「表象文化論」分科を87年4月より正式に発足させることが決まる。